喫茶去

幸せはささやかに・・・

惹き込まれた文章

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 *私は魚座なのですが、(13星座で見れば、新水瓶座)そのせいかどうか、、お魚のモチーフに惹かれます。

 

 

 とりとめなく書きます。

 

 最近感心したこと。

 

読売新聞の連載小説を読んでいるのですが・・今は浅田次郎さんの『流人道中記』というもの。

格の高い侍が何か罪を犯し、陸奥へ流されるのを、下っ端の若い侍が連れて行く役で二人で旅をするのですが、あちこちで事件が起こり、何かと巻き込まれてしまいます。

 

これまでいくつか解決したりしてとうとう今は伊達藩まで来たのですが、厄介なことに親の仇を探して七年も旅をする侍と出会い、その果たし合いに立ち会うことになってしまいます。

でも、その前に、ある商家に奉公している亀吉という少年が、悪党に騙されて押し入るのを結果的に手伝ってしまったために、主人と奥さんが殺され、金銀も盗まれたために、死罪となります。

本当はまだ子供なので役人も助けたいが、御法では助けられず、やはり引き回しの上、磔にかけられるのでした。そういったエピソードがある中での、果たし合い、さてどうなるか。

5月16日の文章は、背中がぞくっとするような名文だったので、(わざわざ)載せることにしましたので、どうかご一読ください。

 

 

 

流人道中記   309話    

                                 浅田次郎  

 

 

 僕の足は枷をかけられたように重くなった。そこが七北田の仕置場だとわかったからだった。

 罪人は支柱を引き廻されてから奥州街道を下り、そこで仕置きされ、骸を晒される。その刑場から遠からぬところが果たし合いの場とされたのは、やはり敵討ちが私刑と考えられているからではあるまいか。

 それにしても、この荒寥とした、まるで芝居の書割のような嘘くささはどうしたことだろう。夢の中の風景のようであり、だにしては色もかたちも妙にさっぱりとしている。歩きながら僕は、一刷けの雲もない青空や地平まで続く夏空の野を、疑い深く見渡した。

 

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 そして気付いたのだ。この曠野(あれの)を宰領しているのは、「死」だと。

 おそらく一行の誰もが、僕と同じようなことを考え、同じ答えを得たのだと思う。みながみな黙りこくって、ともかくこの不浄な場所をやり過ごそうとしていた。

 やがて身の丈ほどもある芒が視野を遮り、それがふいに幕でも切って落としたようにふたたび豁(ひら)けた。

「しばらく、おのおのがた、しばらく」

 声をかけられて一行は立ち止まった。街道から一段上がった砂地に、陣笠を冠った侍が片膝をついていた。

「この有様を、しかとご覧じろ(ごろうじろ)」

 僕は侍の指す先に、おそるおそる目を向けた。

 刑架にくくりつけられたままうなだれた骸は、年端もゆかぬ子供にしか見えなかった。乱れた髪が風に靡き、両足の先からはいまだ淋漓と血が滴り落ちていた。たちまち僕は、今仕置きされたばかりのその罪人の誰であるかを知った。

 罪状を記した高札には、子供をなぶり殺したと思わせぬためであろうか、「奥州無宿人亀吉 弘化二年乙巳生十六歳」と大書してあった。それに並べて、御法に則った処刑であることの証しに、刺股さすまた)と袖搦(そでがらみ)と、血塗られた二筋の長槍が立てられて、まるでそれらばかりが命あるもののように、かたかたと風に鳴っていた。

 蹲踞(そんきょ)したまま陣笠の庇を上げ、阿部勘之丞はひとりひとりの顔を見すえた。

 

 

 

 

 阿部勘之丞は、伊達藩の侍で、亀吉の仕置の沙汰に関わった人。

 「僕」はこの小説の主人公で、下っ端侍の乙次郎。

 この後、阿部が敵討ちで戦う二人に土下座し、男泣きに泣きながら、こうした亀吉の死に免じて無為な戦いをやめて欲しいと訴え、果たし合いはなくなります。こう書くとあっさりしていますが、そこはそこ。とてもいい場面で、歌舞伎なら見せ場の口上を聞いているかのようなシーンです。

 

 そして、仇を打てなかった侍内蔵助は、松島の瑞巌寺で鬢を落とし、出家すると行雲流水、自分は死んだこととして旅に出るのでした。(親の仇である相手もとうに髪を落とし、いつでも死ぬ覚悟で生きてきたので、生きるも死ぬもそう変わりはなかったかと思います)

 上の文章には、どこまでも続く芒野原の荒涼とした風景が目に浮かび、背中がぞくぞくっとしました。尼僧さんにも「ちょっと読んでください」と見せると、ため息をつきながら、「こんなの読んでしまうと、何〜にも書けないねえ」と仰っていました。

 さすがプロの作家は言葉遣いひとつとっても、その時代に連れていかれる。

 

  また亀吉が奉公している頃の文章から騙されるまでも読んでいるので、その亀吉が磔にあって血を流している姿を想像すると、なんとも切なく、悲しくなりました。

 現代なら16は子供ですが、そんな年でもこうやって責任をとらなくてはいけない厳しい時代があったんだよなあ・・とそこにも強く感じるものがありました。

 

  

 

 どうにもならない生まれもった宿命と、自分の性質や体質、そして親などの周囲の人間、出会う人々・・・いろんな要素で作られ得る物語がそれぞれの人にあって、人生です。

 自由がかえって悩みを大きくする現代でもありますが、自分の分が決められていた時代の苦労もまたあったのだろうと、大いに想像を膨らませているこの頃です。 

 

 

このブログは事情があって一度閉じ、また再開しました。 もしこちらを見つけてくださった方には、感謝申し上げます。